小龍包
小龍包とは

鼎泰豊(ディンタイフォン)の小龍包
小龍包とは「小さい饅頭を蒸篭に入れて蒸したもの」という意味です。その特徴は具の中にゼラチンがたっぷり入っていること。豚皮を煮詰めてゼラチンをとり、さまして固まったそれを具に練り込みます。具を皮で包んで蒸すと、熱でゼラチンが溶けますから割った時にスープがふわっと出る。それをみなさん喜ぶんですよね。
中国の上海から西北に南翔という町でできたと言われています。上海で一番有名な所は豫園の「南翔饅頭店」で、中国全土や海外からの旅行客が立ち寄るお店です。
現在、小龍包の一番の有名店というとニューヨークタイムズ「世界の10大レストラン」のうちのひとつに選ばれた台湾・台北の「鼎泰豊」。私はその鼎泰豊を日本にフランチャイズとしてオープンできるように働きました。平成8年、新宿高島屋が開店する時のことです。
鼎泰豊(ディンタイフォン)を日本へ

私は当時京樽の「王府井」におりました。そこへ高島屋さんから「鼎泰豊(小龍包)」をしたい、という話が舞い込んできました。王府井には中華料理の技術はあるけど小龍包の技術はないし、お金もない。では高島屋さんが店舗を作ってくれるならコックを台湾へ派遣して研修をさせますから一緒にやりますか、という運びになったんです。
最初の研修は2ヶ月、王府井から2人高島屋から1人。その前に現物を知らなければならないということで、私が台湾に行きました。現場で鼎泰豊の社長たちに「最初はカタチよりも味のおいしさでいこう」と提案しましたが、「いや、味はもちろんだけどカタチからこだわる。ただ、日本人がそれを作るのは無理だろう」と楊社長が言うのです。開店までにまだ半年ほど時間がありました。
ちなみに小龍包を始め、ほとんどのレシピは社長の頭の中にだけ存在していました。なので、肉(部位)・野菜・調味料等、すべての配合は各下請け業者と個々に契約していて、実際作業しているコックのもとには決まった量の材料や加工品しか届かないようになっていたんです。それで味の統一をし、あとは熟練した技術を指導していた様です。
しかしそんな門外不出、秘密のレシピを日本側へ公開しないようでは同じ味は作れない、ともめたんですね。当時、台湾で使っていた醤油などの一部の材料は日本で認可が下りていなかったり、肉や野菜でも国内で調達した方が安いものもたくさんありました。ですから研修へやったコックに、「全て計って来い」って言ってやりました。
統一基準

そうして始まった海外初店舗の「鼎泰豊」は高島屋の10階、60坪ほどのスペース(現在は違います)。もともと11〜13階がレストラン街なので、店舗の周りはふつうの百貨店の物品売り場ですよね。そこへ10時の開店と同時にお客さんが駆け込んできて、開店3分後にはもう100人ほどの行列が・・・閉店まで常に5,60人ほど並んでましたから、それはすごかったですよ。
たいへんな人気だったので他の店舗でも「鼎泰豊」を開きたいとなって、高島屋が自前でコックを派遣して横浜にも店舗を設けたのです。それからいろんな問題が起きました。一番は同じ「鼎泰豊小龍包」なのに、王府井と高島屋と微妙に味が違ってくるんです。
私は当時、商品の開発もいろいろしたんですが、一番頭を悩ませたのが「鼎泰豊小龍包の味の違いについて」という会議です。
最初に社長が言ったように、「カタチ」にこだわります。ですから、饅頭のひだの数、高さ、直径これら全てが基準をクリアしていないといけませんし、もちろん、どの店舗も同じ味でなければなりません。しかし、スタッフの技術や材料を仕入れる業者の違いによって、味にずれが出てきます。ですから何度も会議を開いたり、台湾から社長やスタッフがチェックしに来日したりと、それは大変でした。
継続して味を維持していくことが一番大変なんです。熟練度を増しますから作るのは上達しますが、食材の仕入れも均一にしなければならないですし。
世界規模へ

現在の台湾鼎泰豊作業場
鼎泰豊が日本にできてから「本場で食べたい」という効果か、台湾の鼎泰豊にも大勢の観光客が訪れるようになったそうです。それまではお世辞にもきれいとは言えませんでしたが、今はとてもきれいになったんですよ。私が改善した部分もいくつかありまして、まず「はかり」。日本で使用しているデジタルはかりの使い勝手が良いと勧めると、社長が20台ほど手荷物で台湾に買って帰りましたね。
また、台湾本店入口のすぐ脇で上半身裸同然の格好で作業していた彼らの作業場に、エアコン(あまり寒いと発酵しないので適度に)を入れて白衣・帽子を着用させ、衛生面にもこだわらせました。店舗もきれいに改装して、作業場はガラス張りに。そうするとどうなるか・・・香港にも出店しないか、などという声が掛かるようになり世界規模のレストランへと変わっていったのです。
今だから言える話
新宿高島屋には開店から3〜4ヶ月は休まずやりました。作る連中も必至なので、チャーハン等の鍋を振るコックがいないので、しょうがないなやってやるよっていって、おかげで5キロやせました。だから高島屋の上層部の方が見回りに来るとだいじょうぶ?って声をかけてくれました。王府井の20店舗もの総料理長やってましたから、ここだけに構ってる訳にはいかなかったんですけど、仕事終わってから違う店にいって指示したり。毎日4時半には起きてましたね。上に立つ人はそのくらい仕事しないとだめだっていまでも思いますね。
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