北京(2) レストランでの勉強
仿膳飯庄

銀座アスターのころは料理の勉強で毎年北京に行っていました。必ず行くのが山東料理のお店である仿膳飯荘や同和居飯庄、豊沢園。北京にはもっとたくさんお店はあるんですが、宮廷料理の元になったのが山東料理なんです。山東地方の人が一番料理に造詣が深かったんじゃないかと考えています。
「万寿無彊」と書いてあるお皿、黄色と金は皇室の色を使うのは仿膳飯庄です。最近久し振りに行きましたが、私が30年ほど前に初めて行ったときからずっと変わっていません。
故宮の北側、北海公園の中にあり、西太后の頃の宮廷料理が今でも食べられるお店で、「仿」はまねをする「膳」は宮廷料理のことです。西太后は口が小さかったようです。そのため料理の一つ一つのものが小さく、盛り付けも小さなお皿に一つずつ味が混ざらないようにするのが特長です。よく目にする中国料理は大きな皿にたくさん盛るでしょう。
珍しい料理でいえば熊の手なんていうのもありますが、いつでも食べれるのはらくだのひづめと象の鼻でした。象の鼻はよく動かすから筋肉質なのでそれを煮込みで。らくだは暑い砂漠の上歩いても平気だからそこにはすごいエネルギーがあるんじゃないかって言われます。ほかには鶴、鹿など、ゼラチン質の食材を煮込みにしたものが多かったですね。
譚家菜

北京飯店の中にある雲来堂譚家菜。大変あっさりしているんですけどコクのある料理が特長で、野菜や材料の持ち味をとても活かしています。譚家菜の意味は「譚さんの家の料理」です。私たちが勉強に行っていた頃は譚家菜は北京飯店にしかありませんでした。当時は材料をものすごく吟味したり、化学調味料を一切使わないような料理でした。
お店ができた由来というのが、譚さんは広東出身の人で広州の官吏。その譚さんの家にお客さんが来ると、家で出してくれる料理が大変おいしいので、いっそお店を出したらいいじゃないか、と始まったようです。今では何箇所かやっているようですね。
私たちがお邪魔していた当時の料理長の名前が「亮さん」と言って、私と名前が同じだったから大変かわいがってくれたんですよ。なのでこの厨房にも入り込んで勉強させてもらっていました。
人民大会堂
北京に来て一番すごいなーって思ったのは人民大会堂で食事した時。入口から赤絨毯が引いてあって、近衛兵に挨拶して。開会中じゃないから誰もいないんですけど。当時日本円で8人分10万くらいとかでしょうか。豪華さと客を迎えるしつらえはすばらしいです。部屋もいっぱいあるんです。紫禁城と天安門が窓から見える大きな部屋でしたね。
料理は今でも高級食材のウニやアワビが出ました。北京は海から遠いのにどうして魚介類かというと、「新鮮なものをあなたのために用意しました」というご馳走の一番の精神です。日本で生活していると珍しくないですが、中国(北京)でこういうもの出してくれるんだ、という感激はありましたね。しかし美味しかったという印象は・・・。他にも熊の手、ツバメの巣、ナマコ、スッポンなどが4、50品も出てきますから、たまにはあっさりした野菜とか食べたいと思っていました。
人民大会堂で食事したよって言うとみんなびっくりしましたよね。とりわけ印象に残ってるのは赤い絨毯と、厨房。食事の後見学させていただいたんですが、一度に3000人分もの料理を出すときはいったいどうなっているんだろうって思いますでしょう。大きなホテルの厨房も同じなんですが、入り口に大きな台があってその上に監督者が乗ってマイクで指示を出すんですよね。交通整理するのと一緒だって言ってましたけど、人数の規模が違います。
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