厨食CLUB / 師父亮ESSAY / 第8回 北京(1)

師父亮ESSAY

北京(1)

初めての北京

中国で最初に訪れた都市は北京です。昭和49~50年、それから毎年のように行ったので思い出はたくさんあります。最初の訪問は会社で連れて行ってもらって総勢8人、北京飯店へ泊まりました。北京市直轄の有名ホテルなので部屋もきれいですごいですよね。スイートルームなんですがもちろん上司と同室なのでお世話しなければならないでしょう、少しでも物音がしたら飛び起きて「何ですか?」て駆けつけなければいけませんから、ベットルームは2つあっても私はリビングのテレビの下に寝転がっていました。床は絨毯でしたから。

ホテルではボーイさんを「ドンチー」(同士)って呼ぶんです。誰もいないのにドンチーって呼ぶとどこからか飛んできますから、チップを10円ほど渡してお水や氷を頼みます。生水は体に悪いので沸かした水で氷を作ってくれます。当時の給料がどのくらいなのか分かりませんけど、なんでもしてくれました。まだ文化大革命が終わって開放されかけていた厳しいときでしたけどね。

万里の長城


万里の長城

せっかく北京へ来たんだから万里の長城を見たほうがいいって勧められたんです。当時、万里の長城を見るためにはホテルを朝5時ごろ出発しなければならなかったので、私だけのために見に行くのは悪いとお断りしました。他の皆さんは以前に中国へ来たことがあって、そのときに長城へ行ったことがある方ばかりだったんです。
  しかし、「お前な、万里の長城がどのようにできたか、どんなものなのかは行ってみなければわからない。お前がそこで何を感じなければならないか、『何を食べながら作ったのか』ってことだろう。」・・・これはとても印象に残る言葉でした。
 昔は重労働者にとってご馳走があったわけではないだろうし、どんな野菜があっただろう。おそらく白菜はあるでしょうから白菜のにんにく炒めかな、と。私もするんですが、白菜の漬物をにんにくと唐辛子で炒めてご飯にのせて食べるのは美味しいですよ。そういうのを食べたんだろうな。でも白菜だけ食べてたってこんなにすごいものは作れないだろう・・・なんていろんなこと考えながら見てましたね。

修行の成果


メニューや料理の写真

広州でもそうでしたが、レストランに行くとまずメニューを見て写真を撮り、味をみながらメモを取っていきます。帰国後、成果として食べてきたものを作らなければならないので、メニューや料理を忘れないように記録をとっていくんですが、その間にお酒も飲みますでしょう。1回の食事で4~50品、多いときは60品も料理が出ますから最初はきちんと書いてるんですけどだんだん何を書いてるのか分からなくなったり写真もピントがぼけてきたり。
 北京や広州、香港の他にいろいろな都市へ修行・勉強に行くんですが、日本へ帰ってきたら体重が増えていますし病気になっていますね。まず胃が大きくなって、顔色もどす黒くなって・・・。私は今では肝臓を悪くしたんでお酒は一切飲まないんですが、食べたり飲んだりが仕事なので大変です。

北京での勉強や研修、視察旅行の際に訪れていたレストランを一部ご紹介。

  • 譚家菜:北京飯店内。「譚家の料理」の意
  • 仿膳飯荘:北海公園内にあり、西太后時代の宮廷料理
  • 同和居飯庄:山東料理のお店。「三不粘」が名物
  • 豊沢園:山東料理のお店。「酸辣湯」が名物
  • 四川飯店:四川出身の鄧小平が連れてきたコックさんの料理
  • 全聚徳:北京ダック専門店

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